どんなにすばらしいエンジンであっても、ガソリンというエネルギーがなければ動きません。プロジェクトチームも同じです。
では、どうすれば、プロジェクトにエネルギーを注入し、活性化することができるのでしょうか。
“燃える集団”
“燃える集団” は、元ソニー取締役だった土井利忠博士(ペンネーム:天外伺朗)が使われている言葉です。
土井博士は、コンパクトディスク(CD)やワークステーションのNews、AIBOの開発など、数多くのプロジェクト経験を通して、「成功するプロジェクトと失敗するプロジェクトには一定の法則がある」ことを発見されました。
プロジェクトチームが “燃える集団” になるかどうかが、その鍵になるというのです。いったんプロジェクトチームが “燃える集団” になると、信じられないくらい、あらゆることがうまくいくようになってくる。シンクロニシティ(共時性)が面白いように発生する‥‥。
※詳しくは、『光の滑翔』『運命の法則』(ともに飛鳥新社)などをご参照ください。
“燃える集団” のような状態のことを、心理学者のミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)は「最適経験(Optimal Experience)」あるいは「フロー(Flow)」と呼んでいます。
フロー状態の人は、何かをより大きく創造的に発展させていると感じる。運動選手はこれを「ゾーンに達する」と言い、神秘主義者は「法悦」、芸術家は「恍惚」と呼んだりもする。あるいは、「悟り」に通じる道なのかもしれません。
最初は苦労するが、あるとき何かをきっかけにして波に乗る。ハイテンションでノリに乗っている状態が続く。運が向いてきた、何をやってもうまくいく‥‥。突然、プロジェクトの存亡にかかわるような大問題が発生する。しかし、なぜか「偶然」、「運命の女神」が味方して好転し、大成功を収める‥‥。
NHKの「プロジェクトX〜挑戦者たち」に出てきていた物語のほとんどがこのようなパターンでした。だからこそ、多くの人々から共感され、感動を生んできたのではないかと思います。
『運命の法則』には、「どうすればプロジェクトチームを燃える集団に移行できるか」といった方法論についても示唆されています。ご一読ください。
プロジェクトの「充実感」
さて、“燃える集団”、“フロー集団”--大小の差はあれ、どんな人でも一生の間には何度か経験するものだと思います。
私の場合にも、過去に2~3度、これに近い状態を経験したことがあります。
ひとつは、あるクライアント対応のために編成されたプロジェクトチーム。
広告代理店のひとりの営業マンが、社内外のスタッフを一本釣りして、チームは作られました。私もたまたま、そのメンバーに入りました。ほとんどが「初めまして」のメンバーでした。みんな30代半ばから後半で、これから油が乗ってくる、というタイミングでした。
程なくして、フロー状態に入ったと思います。--新しいアイディアがみんなからポンポン出てくる。協力者がどんどん出てくる。クライアントに提案する企画はほとんど採用される。競合コンペになっても全戦全勝。チーム全体がノリに乗っている‥‥。
紆余曲折はありましたが、だいたい2年から3年近くは、信じられない状態が続いたと思います。もちろん、クライアントの担当者たちも同じ状態でした。いや、クライアントの会社自体が伸び盛りで、フロー状態だったと思います。
もうひとつは、社内のプロジェクトで、1年半くらいのシステム開発プロジェクト。
このとき私はプロジェクト・マネジャーでした。プロジェクトの開始当初、ラッキーな出来事が続きました。たとえば「プロジェクトで使うオフィスフロアがどうしても欲しい」と思っていたら、ある会社が突然引っ越してスペースが空いたとか、「何かブレークスルーが欲しい」と思っていたら、偶然別のルートから提案が持ちかけられたとか、今から考えると信じられないようなシンクロニシティが起きていました。
“燃える集団”、“フロー集団” に共通して言えることは、プロジェクトが進んでいる最中、メンバーはある種の「特殊な心理状態」になるということです。
時間感覚がなくなるほどの「高揚感」、すべてはうまくいくという「全能感」、そして「幸福感」‥‥に満たされます。
さて、プロジェクトが終わったらどうなるか。
なんともいえない「充実感」を、メンバー全員は共有します。
「よかったな!」「バンザイ!」--感激、感謝、抱擁、涙・・・。
「喪失感」とクールダウン
そして、しばらくすると、ほどなく・・・ひたひたと、必ず襲ってくるのが‥‥「喪失感」です。
フローが高原状態で続き、大成功を収めたプロジェクトほど、終わった後の反動は大きく、喪失感は強くなります。“燃え尽き症候群” にならないように、注意が必要です。
実は、このような精神状態になるのは自然なことなのです。
いつまでもハイテンションでいると、焼き切れてしまいます。時にはクールダウン(冷却)が必要なのです。喪失感が訪れたときには、「あ、来たな」と自覚し、焦らないで、しばらくはクールダウンすることです。それが--心の自然治癒です。
もう一つ、注意しなければならないのは、「フロー中毒」です。
フローを経験したプロジェクトは “麻薬” のような魅力をもっています。「あの感覚をもう一度」という気持ちが強く、かかわるプロジェクトがすべて、面白くなく感じてしまって、「あのすばらしい時をもう一度」になってしまうのです。
つまらない。みんな、なぜ燃えないんだ。なぜ醒めているんだ・・・。そうなると、周りの人から浮いてしまう。外されてしまう。「あの頃はよかった」と昔話と自慢話しかしない老人になってしまいます。
活性化のエネルギー
「ミッション」「リーダー」「マネジャー」「チームワーク」--これらのどれが一つ欠けても、燃える集団は生まれません。特に、ミッションへの情熱が共有されていなければ、「やるぞ」という--エネルギーの発動は起こりません。
それから、天外伺朗も指摘されていますが、名誉や金銭などの「外発的動機」や「外発的報酬」だけでは、フロー状態には入れません。
意味や意義、興味・関心、好奇心・・・、これら「内発的動機」や「内発的報酬」がなければ、フローを呼び込むことはできないのです。
フローであり続けることは、非常に微妙な状態を維持することであり、なかなか難しいものです。ほんのちょっとしたことで、すぐに破綻してしまいます。
誰かが「あああ、もういやだ! やってられるか!」となって、メンバーの何人かがそれに同調し始めると、あっというまに崩壊してしまうことがあります。
前述の『運命の法則』を参考にしながら、「フローに入れない原因」を考えてみましょう。裏返せば、「フローに入るための条件」になります。
- 「船頭多くして、船、山に登る」になってしまう。
- 政治的問題があって、プロジェクトの方向性が定まらない。
- メンバーへの指示が細かく自主性に任せていない。
- 不信感や感情のもつれがあり、チームワークに支障が生じる。
- 上下関係が強かったり、権力志向人がいたりして、自由な雰囲気がない。
- 自立していない力不足のメンバーがいたり、足を引っ張る人がいたりする。
- プロジェクトの企画や計画自体に問題がある。
「負のエネルギー」と「正のエネルギー」
最後に、もうひとつ。
「負のエネルギー」で突き進んだプロジェクトが成功した後ほど、「達成感」と同時に、「喪失感」が強くなるのではないか、と思います。
「負のエネルギー」とは、たとえば「なにくそ」とか「見返してやる」とか、「負けてなるものか」とか「悔しい」など‥‥。
あるいは、過去のトラウマやコンプレックスを解消したい、といった「無意識からの強い衝動」が、プロジェクトを推進するエネルギーになっていたとき。
父親を見返してやりたいとか、自分のことをいつも否定していた両親に認められたい、といったコンプレックスが、無意識からの原動力になっている場合も、このパターンです。
「負のエネルギー」を源泉にしてスタートしたプロジェクトの場合、最初はものすごいエネルギーが発揮されます。何かに憑かれたような勢いです。
しかし、根っこにあるトラウマを消化しない限り、どこかに歪みが生じてしまいます。心の問題が、現実世界の問題として現れてくるのです。
たとえプロジェクトが成功したとしても、そして、達成感があったとしても、なんともいえない喪失感が伴います。
プロジェクトが終わっても、トラウマは解消されていないからです。
「負のエネルギー」ではなく、「正のエネルギー」を活力源にしたチームワーク--これが理想でではいかと思います。
しかし、「正義感」というのは危ないです。
「何が正義か?」というのは時代や環境によって違うものですし、「俺が正しい」というのは一見「正のエネルギー」のように見えますが、裏返せば「あいつだけは許せん」といった、排他的な「負のエネルギー」になりやすいですから。