コーポレート・コミュニケーション活動とは--〈ミッション〉を“関係者” 注 1)と共有し実現していくプロセスです。--核となるのは、〈ミッション〉です。
組織のコミュニケーションは、大きく分けると、「コーポレート・コミュニケーション」と「マーケティング・コミュニケーション」の2つに分類されます。
コーポレート・コミュニケーションとは:
企業・団体など組織全体の存在や活動内容を、関係者に認知・理解・共感してもらうための活動で、主に「広報」活動をさします。
マーケティング・コミュニケーションとは:
商品やサービスなどを、顧客に認知・購入(利用)・リピートしてもらうための活動で、主に「広告」「販促」活動をさします。
ここでは、コーポレート・コミュニケーションについて述べます。
〈ミッション〉とは何か?
〈ミッション〉とは、一般的には「使命」と訳されます。
〈コーポレート・ミッション〉の場合だと、「企業の社会的使命」など。
しかし、「使命」というと、「~せざるを得ない」「~すべき」など、何か義務的で受動的な印象を受けます。「いやいやながら」「苦しんで」「気張って」‥‥など。
私は、〈ミッション〉を、〈行為〉〈共感〉〈意味〉の3つの要素で説明しています。
ミッションとは--〈行為〉
第一に、〈ミッション〉とは〈行為〉。
「何をするか?」の「何」にあたります。
簡単に言うと、「○○する人、この指とまれ」の「○○」のことです。
例えば、公園で何人かの子どもたちが、遊んでいたとします。
最初は、みんな勝手気ままに、バラバラなことをしています。
ふと--何か遊びを思いついた子どもが、「○○する人、この指とまれ」と、仲間を募りはじめます。
もし、「“かくれんぼ” する人、この指とまれ!」だったら、“かくれんぼ” がミッションの〈行為〉にあたります 注 2)。
もちろん、別の子どもが「“缶けり” する人、この指とまれ!」と集めてもいいわけです。
しかし、一人の言いだしっぺが「“かくれんぼ” や “缶けり” したい人‥‥」と複数の遊びを提案してしまうと、バラバラになってしまいます。
一人の言いだしっぺに、「この指」は一本でなければなりません。
ミッションとは--〈共感〉
「この指」にとまるのは、“かくれんぼ” という〈ミッション〉に対して、「面白そうだ」「楽しそうだ」「ぼくもいっしょに遊びたい」と〈共感〉する子どもたちです。
〈共感〉が持続していれば、子どもたちは“かくれんぼ”を続けます。飽きてしまうと、“缶けり”に移ったりします。
中には、隠れんぼはやりたいんだけど「あの指を掲げたヤツのことが気に食わないから参加しない」なんて子どももいるでしょう。
つまり、〈ミッション〉への〈共感〉とは:
①掲げられたミッションに「共感」できるかどうか
②ミッションを掲げた人に「共感」できるかどうか
という2つが重要な要素になります。
「人間は “感情の動物”」と言われています。
「理屈ではわかっているんだけど、体が言うことを聞かなくて‥‥」の “体” とは、“感情” のことです。あるいは “無意識” の力。
どんなに高邁な理想を掲げても、“感情” にもとづく〈共感〉がなければ、“体” は動きません。
面白い、楽しい、好きだ、ワクワクする、イキイキする・・・このようなミッションであれば、企業の場合には、社員は自ら活性化し、顧客からも賞賛されるに違いありません。
ミッションとは--〈意味〉
“かくれんぼ” なら、子どもたちの遊びですから〈行為〉と〈共感〉だけで十分です。
しかし、大人の集団、会社組織などになると、それだけでは不十分です。
その〈行為〉は、社会的にどんな役割を担うのか、どんな役に立つのか、といった〈意味〉が認知され、理解されなければなりません。
“かくれんぼ” を例にすれば、
「面白い。楽しい」が〈共感〉であるのに対して、
〈意味〉は、「“かくれんぼ” を通して、公園で遊ぶ子どもたちの友情を育む」
といったものになります。
「社会的使命」といった感じになってきましたね。
〈意味〉について語るとき、触れなければならない人がいます。
Viktor E. Frankl--ヴィクトール・E・フランクル(1905-1997)です。
フランクルは、「生きる意味」の大切さや、意味の持つエネルギーについて、自らの体験や多くの症例から解き明かしています。
彼は、オーストリアの神経科医兼精神科医であり、「生きる意味がわからない」「何のために生きるのか?」といった現代人の苦悩を癒すため、「ロゴセラピー(実存分析)」と呼ばれる独自の心理療法を創始しました。
第二次大戦のとき、ユダヤ人としてナチスの手でアウシュビッツ収容所に捕らわれ、妻を始め家族の多くを失いました。そのときの過酷な体験をまとめた本が『夜と霧』(みすず書房)です。
ガス室にいつ送られるのかわからないという極限状況において、自殺する人が後を絶ちません。そのような中でフランクルは、「どんなときにも人生には意味がある。あなたを必要とする“何か”があり、“誰か”がいて、必ずあなたを待っている」と励まし、多くの仲間を救いました。
「自分たちは生きる価値がある」「人々の役に立っている」「待っている人がいる」「期待されている」--〈意味〉があれば、私たちは魂を鼓舞し、生きる勇気とエネルギーをかきたることができます。
企業などの組織にとって、存在や事業、商品に〈意味〉があれば、社会からその存在を価値あるものと認められることになります。
そして、〈意味〉がある--ということが、社員を結集させ、働く意義を与え、彼らの力を引き出す原動力になります。
コーポレート・ミッション
以上のことから、企業や団体など組織の〈コーポレート・ミッション〉を定めるためには、以下の3点に留意する必要があります。
1) 何をやるのか、どんな事業をするのか? 〈行為〉
2) それは、社員や顧客など関係者に受け容れられるか? 〈共感〉
3) それは、社会の役に立つ、意義のあるものか? 〈意味〉
問い 「なぜ、会社を創ったんですか?」
答え 「そりゃ、社員を食わすためだよ」
問い 「何のために事業をしているのですか?」
答え 「儲けることが会社の使命だよ」
ちょっと待ってください。
問い 「儲かれば、何をやってもいいんですか?」
答え 「いやいや! そんなことはない!」
人間が三人以上集まった組織では、〈コーポレート・ミッション〉が必要です。
たとえ “パパ・ママ・ストア” でも、社員を一人雇えばミッションを示す必要があるのです。
そして、明文化し、わかるように説明しなければなりません。
わからなければ何度でも説明し、新しく社員を雇えばまた説明し、忘れたらまた説明し‥‥何度も繰り返して説明することが、“言いだしっぺ” である創業者・経営者の重要な役割です。
ステートメント と ビジョン
〈ミッション〉を言葉で定義し、表現したものを〈ミッション・ステートメント〉あるいは単に〈ステートメント〉といいます。
〈ステートメント〉の多くは、数行程度の簡潔な文章で表されます。それは、たとえ言葉は平易でも、抽象的あるいは哲学的な文章になります。
また、よほどのことがなければ変更しないため、時間が経過しても旧くならないように配慮する必要があります。
〈ステートメント〉を、より具体化し「視覚化」したものを〈ビジョン〉といいます。
〈ビジョン〉は、企業や団体など組織が、実現(到達)しようとする将来像を、具体的にイメージできるように描き出す必要があります。したがって、わかりやすい文章や比較、概念図やイラスト、写真や映像などで表現されことが多くなります。
これら〈ステートメント〉や〈ビジョン〉は、パンフレットやポスター、CD、VTR、DVDなどの配布物にしたり、Webサイトや社内報、広報誌などに掲載したり、あるいは企業広告を展開したり…と、広く浸透させていくことになります。
ビジネス・コンセプト
組織によっては〈ビジネス・コンセプト〉を定める場合があります。
特に、事業が多岐にわたる場合によく見られます。
〈コンセプト〉とは、「事業や商品・サービスの全体を貫く、骨格となる発想や観点」です。
〈製品コンセプト〉という言葉はよく耳にされると思いますが、ここでは〈ビジネス・コンセプト〉について触れます。
〈ビジネス・コンセプト〉を提示する必要があるのは、次のような三つの場合です。
1) ミッションの構造化
事業が多岐にわたる場合、ミッションを構造化する必要がでてきます。
全社レベルのミッションに加えて、ビジネスユニット単位でのミッション=〈ビジネス・コンセプト〉が求められるのです。
例えば、家電部門のコンセプト(B2C)と、重電部門のコンセプト(B2B)、情報部門のコンセプトといったものです。
2) ニーズの顕在化
まだ見たこともない先進的な事業の場合、顧客のニーズは潜在化しています。その場合には、コンセプトをわかりやすく説明し、ニーズの喚起・顕在化が必要になってきます。
また、購入プロセスで高度な学習が要求される製品(パソコンなど)や、直接手に取って見て確認できないサービスの場合、一つ一つの商品について説明するよりも、事業全体のコンセプトから紐解いた方がわかりやすくなります。
3) 市場創造と顧客リード
マーケットリーダーは、新しいスタイルを提案し、顧客をリードしていく社会的責任があります。
新しい価値や問題解決方法--それが実現できたときの、魅力ある世界の提示と共感--これらをわかりやすいビジョンとして見せることができれば、それだけでリーダーとしての存在意義は高まります。
不変と可変
〈ミッション〉は、基本的には「不変」なものです。
これを変えることは、“かくれんぼ” から “缶けり” に変えることと同じで、「よほど」のことです。
ただし、「人を見て法を説け」--〈ビジョン〉は、相手によって時代によって、表現方法を変えることは大いにありえます。
ミッションといえども、「変えるときは変える」という覚悟は必要です。
保守的になったり、こだわったり囚われたりしていると、“企業の寿命30年”のカルマから逃れられません。
一方〈ビジネス・コンセプト〉は、原則「可変」です。
顧客ニーズや市場環境、技術環境、自社製品ラインアップなどの状況変化に合わせて変えていきます。「“企業と”は“環境適応業”である」という定義もあるほどです。
ただし、朝令暮改やご都合主義など、頻繁な変更は不適切です。
コミュニケーションの効果も薄れます。
米国のITベンチャー企業などによく見られるケースですが、毎年のようにコンセプトの表現を変えることがあります。言っている意味はほとんど同じなのに、表現を変えてしまうのです。
変化の激しい業界であることはわかりますが、あまりにも流行やトレンドに迎合しすぎる傾向があるようです。少なくとも2~3年は継続する必要があります。
同じIT業界でも、同じコンセプトをずっと言い続けている老舗企業があります。見習いたいものです。
注1) “関係者” ステークホルダー(stakeholder)
コーポレート・コミュニケーションの対象を、ステークホルダーといいます。
ステークホルダーとは、組織に対して利害関係を持つ人々のことです。社員や消費者や株主だけでなく、取引先や提携先、さらには地域社会や行政なども含めます。
誤解を恐れずに言えば、ステークホルダーの中でもっとも重要なのは、組織の構成員である社員や経営者です。顧客ではありません。なぜなら、動かす人がいなければ、組織は立ち行かないからです。
同じミッションのもとに集まった人々が「何をやりたいのか」を最優先に考えるべきであると思います。“顧客第一主義”などのスローガンは、そこに集まった人々の考え方、精神の問題です。
ステークホルダーの大前提として地球環境があります。地球環境のことは、考慮すべきか否か、といった問題ではなく、組織を運営する上での大前提、大常識、大基本です。--そう思います。
注 2) 社会的集団とミッション
集団には、「社会的集団」と「自然的集団」があります。
社会的集団とは、何かの目的や意図をもって人々が集まり、同じ方向に向いて活動し、社会に影響を与えていこうとする集団です。企業・団体といった組織がその代表例です。
自然的集団とは、人々は自然発生的に集まった集団です。地縁の集まりや、家族・親族など血縁関係などに代表されます。
自然的集団と違って社会的集団には、〈ミッション〉が必要になります。
子どもたちが何となく砂場に集まり、好き勝手に遊んでいる風景は--自然的集団の状態です。
誰かが中心になって「“かくれんぼ”する人、この指とまれ!」というミッションを掲げ、その呼びかけに応えて何人かが集まれば--社会的集団になります。
そのうち子どもたちが“かくれんぼ”に飽きてしまえば、またバラバラの状態(自然的集団)に戻ります。